あるお話しに、
『人は「行為の善悪」を見るけれど、神は「動機の善悪」を見ておられる。』
と聞かせて頂き、神様のお言葉の中にも「見ている」というお言葉がいくつも出てきます。
【どのような心も、しかと見ているで。】(11-7)
【胸の内をば、見ているで。】(13-98)
【心の誠、月日見ている。】(11-8)
などと、常に私たちのことをジーーーっと見ていて下さいますが、
神様の「目線の先」とは、、、
私たちの「心の中」だと教えて頂きます。
心の中の何をそんなに見ておられるのか・・・。
【情けない。どのように(頭の中で)思案していても、
(心の中に)人を助ける心ないので。】(12-90)
と、頭で損得計算ばかり気にして情けない。
もっと心に無償の思いやりはないのか。
と、ここをジーーーーーーっと見ておられると教えて下さっています。
平等に与えられた一日の時間の中で、
どれだけ人への「無償の思いやり」を持てているだろうか、、、。
ここを見直すことが運命改革の始まりだと教えて頂きます。
どんなに不器用でも、上手なことが言えなくても、
心の中に自分なりの「人を助ける心」さえあれば、
神様は満点を下さることを思い出して・・・
今日は、神様の目線の先(動機)を大切に過ごしたいですね。
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