神様は、
【難儀するは、可愛い一条から。】(M28.5.28)
【可愛いという理から、身上に悩み掛ける。】(M28.5.28)
と仰せられているように、、、
“可愛いからこそ「仕込み」も厳しくなる ”
という「可愛い」=「育てたい」これが神様の心だと教えて頂きます。
【子供の出世、待ちかねる。神の思わく、こればかりなり。】(4-65)
【いかなるも、成人一つの事情の理という。】(M25.2.24)
と、身の上・事の上の苦労には、私たちの成長を願う親心しかなく、、、
【みんな神の子供。困らそうという親はあるまい。】(M20.12.9)
【事情無ければ、心が定まらん。】(M20.1.13)
と、決して神様のバチ(罰)ではなく、ただただ、
・もっと良くしてあげたい…
・思い切らせてあげたい…
・自分らしく生きさせてあげたい…
という、なんとしてでも助けたい、導きたいという強い親心の現れだと教えて頂きます。
もしも今、辛い試練の最中であれば、、、
“それだけ愛されている”
という「神様の深い想い」を思い出して・・・
今日は、親の導きにもたれて通りたいですね。
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