98.苦労は準備

URLをコピーする
URLをコピーしました!

ある時、おやさまに、

『神様は、人間の陽気遊山が見たいはずなのに、なぜ人に苦労をさすのですか?』

と尋ねた人がいました。

すると、おやさまは、

『あんた、苦労艱難したればこそ神さんが分かったのやで。

神さんがな、世界だすけの人衆にしてやろうと思って苦労艱難さしたんやで。

これから、どれだけの働きさすやも知れん。それが楽しみやで。』

と仰せられ、「苦労」の目的とは、神様(真理)と繋がるため、人の心を理解するため、
人助けの力を育てるため…という「誠の人・愛の人」になるために、

苦労の道中も必要であることを教えて下さいました。

おやさまご自身も、

『貧に落ち切らねば、難儀なる者の味が分からん。』

と、自ら苦労の道中を歩まれたように、「苦労の味」を知ることは、

何よりも心の財産になることを学ばせて頂きます。

神様のお言葉にも、

【涙をこぼして越した日もある。種を蒔いたから今日の日や。】(M24.1.28)

とあるように、「涙」は心を育てるための水やりとなり、

『このための苦労だったのか。』と、必ず答えが咲く時が来ることを教えて頂きます。

今の辛さ、苦しさ、悲しさ、痛さ、悔しさ、もどかしさ、、、

そのすべてが「誠の人・愛の人」になるための必要な準備だと思い出して・・・

今日は、どんな今の苦労も認めながら通りたいですね。

よかったら身近な人に届けてください
URLをコピーする
URLをコピーしました!

この記事を書いた人

〜自然の理を真心で通る〜

コメント

コメントする

目次
閉じる