心の修行の一つに、
“執着を手放す” という学びがあると教えて頂きます。
神様のお言葉に、
【皆んな、かりもの。】(M21.1.31)
【皆んな、神のかしもの。】(M21.2.15)
とあるように、自分の心以外のすべての「外側のもの」は、
“いずれ返すもの”であることを教えて頂きます。
この「天の約束」を忘れてしまうから、
外側のものに「執着」が生まれ、
それを失う「恐れ」が付きまとうと教えて頂きます。
昔の先生は、
「こだわり(執着)」の正体は「こわばり(怒れ)」だと言われ、
「恐れ」と「執着」はコインの「表・裏」のようなものだと聞かせて頂きます。
時々、自分(心)の外側のものに対して、
・そもそも「自分のもの」じゃなかった。
・そもそも「全部かりもの」だった。
・そもそも「有ること自体に感謝」だった。
と、意識を切り替えることで「執着・恐れ」から「解放・安心」へと、
心の理が切り替わることを学ばせて頂きます。
おやさまは、
『悩み苦しむとき、かりものという事を、すぐ心に思わにゃいかんで。』
と仰せられたように、どんな悩みも、どんな体験も、
『期間限定のかりものだった。』と思い出して・・・
今日は、執着・恐れのある部分に
「感謝の心」をたっぷり足せる一日にしたいですね。
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